肌の冷たさに気付く。目が覚める。
いつかのように、首輪に鎖が繋がれていた。板床に直に転がっていたら、それは寒いだろうな、と、改めて震える。時計がなくて時間が分からない。室内も窓の外も薄暗く、そして雨音が大きい。春の嵐かな、と思う。はるのあらし。父の言葉を真似ただけで、用法が合っているかはわからない。
辞書はあるが、僕は触ることを許されていない。盗み見ようとすればこうなるし、しかし今回は何によってこうなったのだったか? 思い当たる節は特になく、気になるわけでも別になかった。ただ退屈なだけで、だがそこに寒さと眠さが来ると怖い。それこそ、本の中でしか読んだことがないけれど。
この感情に名前をつけるならそれは憎しみであるはずだ。
世界でたったひとりの、実在する他者。
僕がまだ僕を愛せているなら、きっと。
僕が愛されていないのではないかと気付いたのがいつだったか、思い出せない。
浴室で水を飲まされているときだったかもしれないし、こっそりと書いていた父宛ての手紙を燃やされたときかもしれない。
だがそもそもとして、親は子を愛するものなのだろうか?
僕は父との会話と漢字の少ない児童書と絵本とでしか世界を知らない。
だから騙されている可能性だってある。父が誰も愛さないのなら。僕が特別に下等であるから愛されないのだ、と、思わせるための。
けれど。僕が、自分を俺と呼んで、特別に馬鹿なふりをして、父に笑って見せるとき、父は確かに笑っていた。僕を見るのとは違う種類の表情で。
僕はいまどんな顔をしているだろうか。
父に似た目鼻立ちで、陰気臭い表情で、少し青ざめて。
ああ、寒くて、暇で、こういう時間が意外につらい。
そもそも愛とは、何を指すのだろうか。
こういうときに抱きしめられて、僕のよりは冷たく、冷えた体には十分すぎる手で撫でられると、何も考えられなくなる。
名前を呼ばれれば、心臓から熱が湧き出るような、錯覚すら。
それが憎しみでないのだとしたら?
がんぐ、と、僕を呼ぶ声がした。
【了】
2016年4月8日 初出
2016年4月16日 誤字修正、改題