Alices

 囚人アリスは刑期を終え、出所した。奇しくも天候は雨、傘はなく、出所アリスは濡れアリスとなる。片足のわりに軽い足取りで向かうは娘のアリスのもと。
 アリスは子アリスを養育する施設で、たくさんの子アリスに囲まれてたたずんでいた。

「はじめまして、君の父のアリスだ。長い間一人にさせてすまない。迎えに来た」
濡れアリスは深く頭を下げる。その前髪から雨が滴る。
「私にお父さんが居たなんて知らなかったわ。よろしく」
アリスは笑って濡れアリスに挙手を求める。濡れた手袋を外し、濡れアリスも応えた。
「よろしく」
アリスは濡れアリスにタオルを渡し、問う。
「それで、なぜ今になって私のところへ? 今まで何をしていたの?」
問われ、乾いたアリスは苦い笑いを作る。
「刑務所に居た。でも、君に見せなければならないものがあった」
「それはなに?」
「君のお母さんの遺したものだ」
「ここから遠くにあるの?」
「少し遠い散歩になるだけの距離さ。さあ、行こう」

アリスとアリスは連れ立って歩く。アリスは杖で片手がふさがるアリスに傘を差してやった。
「お父さんは私をこれからどうするつもりなの?」
「君しだいだな」
「引き取って一緒に暮らす、と真っ先に言わないのはなぜ?」
「僕は犯罪者でね、君に不利益になることはしたくないから」
雨は降り続き、アリスたちは歩き続ける。
「ここを進んでも何も無いわよ」
「あるさ、君のお母さんの家がね。君は覚えていないようだが」
「そういえば、アリス公爵の邸宅跡があるって習ったわね」
「君に見せたいのはそれだ」
「母さんは公爵の親戚かなにかだったの?」
「行けばわかる」
やがてアリスとアリスは邸宅跡に到着した。
「本当に何もないじゃない。看板以外」
そういってアリスは看板を指でなぞる。
『やあ、ぼく看板。ここはアリス公爵の邸宅跡。公爵はこの国の文化に多大な影響を与え、その邸宅も見事な建築だったが、火事で焼失し――』
「と、看板のアリスはひとりでに喋る」
と、アリスは看板の真似をした。
「あっちだ、アリス」
アリスは土地の端を指して言う。
「こんなところに何があるの?」
「ここの下だよ」
煤と土を掻き分けると、鉄の蓋があった。
「この下?」
アリスは杖をてこにして蓋を持ち上げ外す。
「階段は使わないでくれ。はしごがあるから」
「どうして? あら、ほんとね」
蓋の下から続く階段はすぐに途切れていた。
「気づかないで降りたら怪我しちゃうところだったわ」
義足のアリスも難なくはしごを下り、地下に移動した。
「ここで君のお母さんは死んだ」
「こんなところで?」
「あの階段を踏み外して怪我をし、そのまま誰にも気づかれなかった」
「そのときお父さんは何をしていたの?」
「君のお母さんを殺していたよ」
「私のこと?」
「だから君のお母さんは僕が殺したと――え?」
アリスが見ると、アリスの腹の真ん中からアリスが顔を覗かせていた。
「あたしはあなたなんかに殺されてはいないわ」
「いったいどうして?」
「どうもこうも、あたしはアリスだもの」
そういうと、アリスはアリスを食べてしまった。
「ひどいわ母さん」
「なあに、アリス」
「せっかくお父さんに会えたのに、食べちゃうだなんて」
「しかたないじゃない、あたしはあの人が大嫌いなんだから」
「それはしかたないとは言わないんじゃないかなあ」
「それよりあたし、お腹がすいたの。食べていい?」
「どうぞ」
返事を聞くなりアリスはアリスを食べてしまった。
「しまった、これじゃあ帰れない」
アリスは、アリスの腹から出ていなかった自分の体まで食べてしまっていた。
ゆえに穴から這い出る手足もなく、アリスはいつまでも穴の底。

めでたし めでたし

2010年2月3日