越取逾夜は絶望していた。

『ねえ久馬さん、いつか話すって言ってた"ボクの秘密"のこと、覚えてる?』

なんでもない事のような声色で、語りかけてきたのを思い出す。
額に入れられ飾られた、明るい笑顔は動かない。

『突然と言えば突然だったし、そうでないと言えばそうだった。
 違和感を覚え始めたのが去年の冬頃。
 何がおかしいのか全然わからないのに、気持ち悪さだけが溜まっていって。
 で、春の初めのある朝、顔を洗おうと鏡を見たんだ』

見よう見まねで灰をつまむ。
棺を暴いてしまいたい、という衝動から目を背けつつ。

『何もおかしいところはなかった。
 いつもどおりのボクが、血と肉の詰まったおぞましい塊が、そこにいた。
 それは昨日まで見てきた光景となんら変わっていない。
 生肉に混じって生肉が暮らしていた』

だって信じられない。
飛び降りた、なんて。

『視力はバッチリだし脳に腫瘍があるわけでもない。
 手塚治虫の漫画みたく、見え方が変わったわけでもない。
 ……ただ、ボクには"それ"が気持ち悪く感じる、ようになった。
 ただそれだけのこと、でした』

ただそれだけのこと、なら。
どうして。

『はい、もちろん久馬さんも例外ではないです。
 でも、一人か二人か、くらいなら耐えられるんですよ。
 それに、久馬さんと話すのは楽しいですから』

どうして、どうして、どうして――
何も言ってくれなかった?

――言ってくれていたじゃないか。
"秘密"を教えてくれた、のに。

「俺が」

俺がもっと話を聞いていれば。
俺がもっと聡ければ。
俺が――
俺が殺した。



夜をえられなかった言葉うたが、今も頭蓋の内で響いている。

end

2012年6月2日